Blog:医療人文学 / ONHP 報告 #016 (240315)

火曜日のセミナーは、英国の国民健康保険制度 National Health Serice (NHS) がトピック。木曜日の lecture が、グローバルな諸問題の解説に当てられているのに対して、火曜日のseminarは、私たちCohortが自分たち自身の今後を考えるときの切り口の提示が目的。NHSを事例にしながらも、健康保険制度の課題を学ぶのが目的ではない。私は、NHSについてはもう少し立ち入って調べてみたいと思っている。

講師は Katy Steward。NHSをはじめとする医療福祉教育におけるCompassion Leadershipを軸とした組織論の専門家。NHSの組織改革に携わっているだけでなく、「英国史上最大の冤罪事件」と言われる郵便局事件に関する政府の調査委員会にも参加している。この事件には日本の企業も深く関わっていることは、あまり日本では報じられていないかもしれない。 [https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/300/491397.html ][https://toyokeizai.net/articles/-/732532?display=b ]。(私のことを気にしてか、校長のJane はやや説明をしづらそうだった。私が「日本企業が関わっていますね。」と発言したところ、Janeは “Thank you” と応じ、詳しい解説をしてくれた。)組織の活動が高度化し複雑になってくるとその中で働く人たちの関係性が業務的になり、職員間のCompassion という面が減少してくる。組織内の関係が良好になることで、組織としての社会に向けての責任体制も向上することがわかっている。私たちそれぞれ(これまで関わってきた/これから帰って行く)の組織の中でどのようなLeadershipを発揮できるのかが論じられた。

NHSは1948年に創設された国民皆保険システム。英国には全額自己負担のプリベートな医療機関も併存するが、それを利用しない限り、薬代も含めて医療費は全額無料(米国の制度を批判しながらいろいろな国の健康保険システムを理解するのには、マイケル・ムーア監督の映画『シッコ Sicko』(2007)がお薦め。2007年のカンヌ国際映画祭特別招待上映)。Healthcare Systemが大きくなりすぎて、職種間の縦割りが進み、働く人々が互いを尊重することのない組織になってしまった。離職者も増え様々な弊害が起こり、それに対処する(Katyが関わる)取り組みが紹介された。私の関心はChaplainのはたしてきた役割。NHSはその設立以来ずっとchaplainを取り入れている。英国国教会制度のもと、当然のメンバーとして医療制度に組み込まれてきた。近年は、キリスト教諸派、他宗教、そして非宗教者のchaplainも招く制度改革が行われた。Chaplainには、患者家族へのケアだけでなく、医療機関そのものをcompassionate communityに導いて行く責任がある。NHSが問題を抱える過程でチャプレンが十分機能できなかった現実があるのだろう。もちろんchaplainが組織変革に関わるような立場に置かれていない、という世俗社会の現実は否定できない。しかし、近年の研究で、宗教が衰退する中チャプレンがスピリチュアルケアの中心的な担い手になってきている(もしくはそうなることが予想される)と言われてきている (Chrisopher Swift, Mark Cobb and Andrew Todd. A Handbook of Chaplaincy Studies: Understanding Spiritual Care in Public Places. Routledge 2015)。だとすると、個人のcmpassionate leadershipとともに、組織をcompassionate community にして行く大きなそして本来の役割をチャプレンが担うという動きを発掘したい。Allan Kellhear の著作翻訳をきっかけに近年日本で活発になって来てる 議論においても、Chaplainの役割は薄い。しかしそれこそが Chaplain が公共の場で果たして行くべき仕事なのだろう。

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今週木曜日lectureのトピックは Population Ageing。少子化ならびに医療の発展による高齢者人口の増加。その結果としての社会の高齢化。Professor Sarah Harperは、the Oxford  Institute of Population Ageing の所長。もちろん日本はこの問題の世界最先端にいる。世界の状況について私にとって新しい情報はほとんどなかったが、少子化対策に関して、グローバルな状況では経済的なインセンティヴは根本的な解決にはならないとのこと。しかし私は、教育投資へ志向の高い日本では、高等教育に至るまでの教育費の無償化が少子化対策として有効なのではないかと考えている。この問題の鍵を握るアフリカではあまり効果のないとされるこのような政策が、日本でどれほどの効果を上げるのか。Sarahの議論では、先進国にとって少子高齢化に伴う労働人口比率低下の唯一と言って良い解決策は移民受け入れだという。日本にとってはとてもハードルの高い政策だと思う。移民を受け入れたとしても、残念ながら、来日した人たちは日本人の望まない労働を担うことになり貧富の差や差別意識に基づくの二極化がますます進んでしまうような気がしている。Lectureの中でSarahが紹介した日本の事例は、介護職候補として受け入れた東南アジアからの(おそらく)「技能訓練生」が、日本語の試験(国家試験を日本語で受け合格するということか?)に受からずに定着しなかった、というもの。介護職に日本語能力を求めるということに関しては、対象が高齢者であるがために日本語能力が不可欠、と考える立場もわかる。移民の受け入れという解決策が日本社会にとって実現可能なのだろうか。Sarahは “should”だと言う。もう少し考えみたい。

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以下、毎回のお願い:バックグラウンド・リサーチが不十分なものも掲載します。限られた体験に基づく主観的な記述が中心となります。引用等はお控えください。また、このブログ記事は、学びの途上の記録であり、それぞれのテーマについて伊藤の最終的な見解でないこともご理解ください。Blogの中では個人名は、原則 First Name で記すことにしました。あくまでも伊藤の経験の呟きであり、相手について記述する意図はありません。

伊藤高章 t.d.ito@sacra.or.jp

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