Blog:医療人文学/ONHP 報告 #006 (240117)

月曜日、ONHPオリエンテーション初日のテーマは、オックスフォード大学の歴史。中世の学者のギルドがこの大学の始まり(Merton College: 1260年)。王権支配や商業に重要な交通の要所であったOxfordに発達した手工業のギルドと、学者のギルドの抗争(Town and Gown)。そして最終的に後者が優勢となって大学街が成立した。この抗争から逃れた人たちが集ったのが、もう一つの大学街 Cambridge。これら大学街の発展は、計画されたものではなく、紆余曲折の結果であり、“An Accidental University”というのが Prof. William Whyte の講義のタイトルだった。英国宗教改革は、聖職者の養成機関でもあった大学に大きな影響があったが、反対に、カトリックとは異なる英国教会の理念を身につけた聖職者を大量に必要としたので、繁栄にもつながったという。English Civil Warは、この街が最終闘争の舞台となったため、大学に多くなダメージを与えた。その時代ごとの考え方が反映した建築物を巡りながらの解説が、説得力のあるものだった。

参加者の共同体が始動した。主催側も参加側も、ともに「学ぶ者」としての姿勢の溢れる雰囲気。少人数グループそれぞれにスーパーヴァイザーとなる Professor が配置されていたのだが「あなた方を Supevise することなど不可能なので、Adviser にしてくれ」ということが話題になった。

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オリエンテーション最初の2日間の印象は、このプログラムのユニークさ。半年間のプログラムに期待されている共通の目標はない。社会の中でそれなりの役割と責任を果たしてきた参加者それぞれが、日常の現場を半年間離れ、自分を振り返りつつ次の目標を探すことが課題。Adult Learning(成人教育)の基本的な立場と言える。何を学ばなければならないかは学習者自身(だけ)が知っていて、どう学ぶかも学習者に委ねられている。言い換えると、この「何を」と「如何に」とを知っていることが、このプログラムに入る必要条件と言える。オックスフォード大学がそのプロセスを様々にサポートしてくれる。加えて、参加者間の考えや経験の共有が、代え難い学びとなる。

火曜日のセミナーは、毎回指定された書籍を読んで来てディスカッションをする。初回の書籍は Arthur C. Brook. From Strength to Strength: Finding Success, Happiness and Deep Purpose in the Second Half of Life. (2022)。日本語訳『人生後半の戦略書』もある。ここで初めて、19人のそれぞれの個性が見えてきた。この本から、好意的に、これからの人生の指針を見出したと語る仲間もいれば、この本の「一般化」に違和感を持つ者、男性目線の記述で主婦をしてた女性などが視野に入っていないという批判的な視線を向ける者など。視点やその表現を通してその人物の個性が見えた。そして、皆が安心して自分らしく発言できる場であることが確認できた。良い出だしのセミナーだった。セミナー最後の20分間は、Oxfordのプログラムらしさが発揮された。著者 Arthur C. Brook(the William Henry Bloomberg Professor of the Practice of Public Leadership at the Harvard Kennedy School, and Professor of Management Practice at the Harvard Business School)にオンラインで繋ぎ、ディスカッションの要約を伝えたり、直接質問したり、次のプロジェクトの予定を尋ねたりする。本を読んでの印象と語りの印象との違いを本人に直接伝えたりもした。

様々な機会での語りの中で、互いが知的にも豊かに補い合う関係も見えてきた。特に、それぞれの研究や学びのテーマや関心に話題が及ぶと、異なる視点からコメントがなされたり、その分野の本や人が紹介される。私の場合、日本で聞いたことのない Abraham Verghese を紹介された。彼は医師であり作家であり、現在は、Professor of the Theory and Practice of Medicine, the School of Medicine at Stanford University。同時に、医療における患者の心を描くベストセラー小説家でもあるという。2015年のNational Humaniteis Medal の受賞者 〈https://www.neh.gov/about/awards/national-humanities-medals/abraham-verghese 〉。このようなコミュニケーションを通して、このプログラムの中またこれに続く人生で何をしたいか、のリストがどんどん出来てくる。

私の関心が、医療人文学を日本に持ち帰ること、と伝えると、半分納得半分不思議、といった反応を感じる。納得は、医療の進歩があまりにも早く複合的な要素も多いので医療者がその専門性以外に目を向けることが難しい、という状況はどこでも同じだ、ということ。ただ世界は、医療が医学だけでは動かないことを十分知っている。社会のシステムや環境問題また医療経済そして患者や家族のQOLなど、全てに眼差しを向けなければ良い医療ができないことを知っている。私に向けられる不思議の眼差しは、それらの多元的で複雑な状況を日本人も知っているに違いないのに、それが日本の中で学問として成立していないことへの不思議なのだと思う。

日本の皆保険制度や地域包括ケアの理念は、アメリカの医療者には素晴らしく見えるようだ。ただ、地域共同体の考え方が、日本には欠如しているように思う。おそらくキリスト教文化の影響だと思うが、(たとえ今は機能していないとしても)教会を中心とした価値を共有する地域共同体の歴史がある。もちろん同じ地域にいくつもの価値(や信仰)が共存しているので、地域共同体は重層的に構成されている。患者への医療やケアを在宅に戻したときに、家族や契約関係にある医療福祉ケア提供者だけでなく、別の原理に基づいた(経済的な利害関係から離れた)共同体があることの意味を、現代日本のケアは考えていない。ボストンの community hospital の院長である同級生のErrolは、医療を含む様々な要素の複合的な絡まりあいの研究をこの半年のテーマとしている。米国西海岸主要都市の市立病院の運営にあたる内分泌系の医師Lisaは、宗教と医療/科学との関係を学ぶと言う。たくさんの教会コミュニティーを見てみたいと言っている。

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以下、毎回のお願い:バックグラウンド・リサーチが不十分なものも掲載します。限られた体験に基づく主観的な記述が中心となります。引用等はお控えください。また、このブログ記事は、学びの途上の記録であり、それぞれのテーマについて伊藤の最終的な見解でないこともご理解ください。Blogの中では個人名は、原則 First Name で記すことにしました。あくまでも伊藤の経験の呟きであり、相手について記述する意図はありません。

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